ゆうみんのブログ『heartful colors.』

ゆうみんのブログ『heartful colors.』

日々のたわいもない話を書き留めておくところ。僕が参加したライブやイベントなどのレポも書いています。

「ファン」って、なんだろう。

こんにちは

ゆうみんです。

 

入院生活3日目のきょう、手術を受けます。

やっぱり、緊張しますねー!

大変です。

たぶん、リハビリも。

 

さて、今日のテーマと行きましょうか!

本日のテーマ…

 

【「ファン」って、なんだろう。】

 

というわけで、まずはこんなツイートを紹介します。

 

Twitterより引用)

@hakofac: 「ファン」は度が過ぎると「評論家」になってしまって、最初の頃の、ただ楽しむことを忘れがちになってしまうのです。「こうすればいいのに」「これはらしくない」「こういうのみたくない」結構多い。し、自分がそうならないようにしないとなあって、大好きなものへの姿勢を時々かえりみるです。

 

見たことがあるひともいるかもしれませんね。

これは以前、あまつきくんがリツイートしていたものです。

 

僕も、そう思います。

 

ずっと気を付けていますが、いるつもりなんですが、「評論家」になってしまうことがあります。

どうしても、ずっと1人のアーティストを見ていると、楽しむ・好きという気持ちを忘れてしまうことがあります。  

ただ、すきって気持ちの捉え方はたくさんあると思いますよ!

好きって言葉はほかの言葉の言いかえだと思うんです。

 

ある時は、憧れだったり

ある時は、尊敬だったり…。

いや、本当にLOVEのときもあるし

たまには、LIKEのときだってある。

 

ま、その話は置いておいて…。

 

どうしても、その人への気持ちが大きくなれば、なるほど、「評論家」になりがちです。

だから、僕は最初のころの気持ちをよく思い出すことにしています。

それこそ、昨日のブログのこと。

 

そのアーティストに最初に出会ったときって、やっぱり、単純に「好き」って気持ちだったと思うんです。

それ以外に気持ちがないといえばうそになるけど…。

 

「こうすればいいのに」

「これはらしくない」

「こういうのみたくない」

 

っていう気持ちはなかったはずなんです。

単純に、耳が癒されるとか、癒し声サイコーとか。

そういった「好き」の気持ちでこころがいっぱいだったはずなんです。

 

でも、どうしても、そのアーティストに触れている時間が長ければながいほど「評論家」っぽくなってしまう。

 

「こうすればいいのに」

「これはらしくない」

「こういうのみたくない」

 

の気持ちが増えてくる。

でも、それが絶対に悪いことだとは思いません。

 

「評論家」っぽくなれるのは、それだけ、「好き」の気持ちが強いってことだと思うんです。

「評論家」っぽくなれるのは、それだけ、アーティストに触れている時間が長いからだと思うんです。

「評論家」っぽくなれるのは、それだけ、そのアーティストのことを考えていつからだと思うんです。

 

これは、素敵なことです。

ただ、その気持ちを、他に使えないだろうか。

「評論家」みたいにあれこれ言うのではなく。

 

例えば

その「好き」の気持ちを他の人に伝えてみるとか、

その触れている時間で得たもので誰かにアーティストをおすすめしてみたり、

ほかの「ファン」の人とふれあってみたり、

 

できることはいろいろあると思います。

それが、自分で出来ることか、みんなの力が必要かはさておき。

自分が「好き」だって気持ちを原動力にして、

これからも、ずっと「好き」でいることが「ファン」であることなのではないでしょうか。

 

「ファン」であることは、出会ったころの単純に「好き」って気持ちを忘れないこと。

「ファン」であることは、「好き」の気持ちをずっとこころの中に入れていること。

「ファン」であることは、アーティストのことを考えてること。

 

だと思いますね。

あくまでも、僕は。

 

だから、ぼくは、いつも

「僕はずっと、Tファミリー。」って言ってます。

 

なんかちょっとだけ重たい話になってしまいましたが!

今日のテーマは

【「ファン」って、なんだろう。】

でした。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

したっけ、またあしたねー!

 

手術前につき、断食中です。

 

ゆうみん

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